LGBTQへの偏見や差別

LGBTQ+

ラーメン屋に男の子3人とそのお母さんがやってきました。食べ盛りであろう男の子達。家族が頼んだのはラーメンの普通盛り4つ。足りるのかなあ、いや別に食事量は人それぞれだし、男の子はよく食べる、というバイアスがかかってるだけだよな、いや本当はもっと食べたいけど気にしてるのかな、ひとり親家庭だったら外食でも気を遣うのかもしれない、どうなんだろう、いやいや今日はたまたまお父さんがいないから外食でもしよう、とかなったかもしれない、などと色々なことを勝手に想像していました。(この想像をしてしまっている時点で私の中にも偏見があることがわかります)

私の脳内の状態はさておき、その男の子たちは見るからに穏やかで優しそうで、年頃だからといってお母さんに反抗的な態度を取ることもなく、むしろとても仲が良さそうで、その姿を見て素敵だなと思いました。

ひとり親家庭で金銭的に恵まれていないからかわいそう、母親や父親がいないから育ちが悪くてかわいそう、などと偏見や差別をする人もきっといるのだろうとふと思いましたが、今やそんなことは「一部の教養のない人」がやるものだと思います。

そう考えた時、LGBTQも似たようなものになればいいのに、と思いました。

ちょっと言いづらいし、あまり自分から周りに大声で言いふらすようなことではないかもしれないけれど、聞かれたら言うし、かと言って特別気を遣ってもらいたいわけでもない。でもみんなと同じことをすることができない可能性もあるかもしれない。(片親であれば金銭的な問題やイベントの参加など)

それくらいの軽さになればいいなと思ったのです。脅威を感じる必要がないくらい。実はそうなんだよね、そうだったのね、くらいがいい。

それは結局自分が当たり前のことが当たり前でない可能性があるということを想像する力で、教育だったり、環境だったり、が重要になる。

ただ、ひとり親家庭、というものが持つ性質に対する理解と、LGBTQ、というものが持つ性質に対する理解は、おそらく歴史的背景や社会的背景を考えると非常に難しいのは間違いない。

でもいつかはLGBTQに対する偏見や差別も「一部の教養のない人」がやるものに絶対なっていく。そんな世の中になっていくのです。

Twitterを見ていると、LGBTQの方のカミングアウトに対するアンチコメントを見かけます。

なるほど、そういうことを思う人もいるのだ、と最近になって知りました。その方達にも正義があるのだとは思います。

でもマイノリティの方々の意見にマジョリティは絶対に耳を傾けなければいけない。これは私は絶対だと思うのです。

色んな問題があるけれど、少なくとも私たちは「学校」という共通の場を経験しているからこれに関してほとんどの方が体感しているはずだと思うのです。

スクールカースト上位の子達が教室の雰囲気や方向性を決めることができるという特権が絶対にあることをよくわかっているはずで、そうでない子達が声を大にして何かを発言できたのか?と思うのです。これは決してすべてがネガティブな要素になるわけではないけれど、集団というものがどういう性質を持つかはなんとなく理解できると思うのです。

俗にいう陽キャと陰キャというどちらの立場にいたかは関係なく、集団はどうなるものなのかをみな体感しているはずなのです。

だから勇気を持って発言している人を全否定はしないでほしい。もし意見があるなら建設的に意見してあげてほしい。

そんなことを最近思っております。

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